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  接骨院にて
Author: 晶 様
01020304おまけ初詣


湯来は、慌ただしくドアを開けると手早く治療着に着替え、室内を確認する。
ベッドや床・タオル類がきちんと整理されているか?予約している患者さんがいるのか…など。
カレンダーと見比べて、取りあえず急いでする事はなさそうだ。…院長が休日出勤したな。と、判断する。
きっと月末事務のついで…と、いう所か。
一人ごちると当の本人がやって来た。

「おはようございます」
「あー、おはようございます。早いねぇ」
「って、先生。開院30分、切ってますよー。…でも昨日、支度されてたんですね。ありがとうございます」
「いや、ホラ。自分の城ですし♪」
河野は、待合室奥で着替えながら返事をする。
河野の返事を聞きながら湯来は、手近にある乾いたタオルを畳んでいく。
「そう言えば、院長。瀧本くんが来るとテンション上がりますよね」
「そう?」
「ウキウキしている?って、言うんですか?とても楽しそうですよ」
「…そぅ?かな?」
「?えぇ。午前中と比べて、かなりご機嫌ですよ」
と、言っても身近な人にしかわからない事なのだが。
湯来が、答えると奥からやけにガタンと着替えた服をハンガーに掛ける音が響く。
「…たぶん。…違うよ」
河野が普段、落ち着いている分、明らかに動揺していると湯来は、感じた。

「はぁ?今、何って言いました?」
我ながら、なんてマヌケな声だったんだろう。と湯来は思う。いや、とにかく今は、そんな事はどうでも良い。
私の雇用主は、気付いていない?何を考えている?
「だから…俺…」
河野は、直ぐに口をつぐんでしまう。
はぁぁー。あの、大の大人ですよ?社会人っつーか、曲がり無しにも経営者でしょ?そこの所、ハッキリと決断しましょうよ。
と、いう独白は湯来の胸のウチに閉まっておく。
院長は、真摯だし、真面目だし、思いやりもあって仕事熱心(馬鹿がつくケド)で、本当に良い人だと思う。
外見だって、まぁ悪くない。
こんな人が旦那さんなら奥さん良いわぁ…、肝心な時にお尻叩かなきゃ…だケド。
そう思うと湯来は、知らず知らず低い声を出していた。

「また…ですか?」
「はい?」
湯来の声の低さに慌てて河野は、顔を出す。
「だから、また…なんですか?自分の気持ちに」
「ゆき…せんせい?」
河野は、明らかな湯来の変化に動揺を隠せない。
「しばらく前に「彼女とダメ」とか、言ってましたよね?でも、瀧本くんが来るようになった頃から言ってませんし、先生が別れてた話なんて一昨日、聞いたんですけど」
オマケに自分に教えてくれない水餃子の店に、バッタリ会ったから連れて行ったなんて、どういう事だ。
「………」
「むしろ張り切っている位ですし。…オマケに何に逃げているんですか?」
そして河野を直視する。湯来は、なまじ綺麗な白い顔をしている分、ひたと見つめられると迫力が増す。
その姿は、ご近所の年季の入った御姉様方曰く、『可憐な湯来先生』という姿など欠片もない。
「――ッ。何にって?湯来先生」
河野は、あくまでも平静さを装う。
「じゃぁ。私、告白します。ちゃんとハッキリ」
慌てたのは河野だ。
「まっ、待って下さい!ダメでしょう?…瀧本くんは、年下ですよ!!」
「告白に年齢なんて、関係ありませんッ。それに相手が誰とも言っていませんし。…瀧本くんって?」
湯来は、チラリと静かに視線を戻し、にっこりと笑う。
河野は、絶句してしまう。
朝イチにこんなにもはっきり言われるとは、想像すまい。
「…ワザとですね」
「いいえ。釣り逃がした魚は大きいんです。…言わないなんて、虫が良すぎというか、つまんないですよ」
それに…。あーんなに好意を示しているのに、自分でわからないなんて鈍すぎですよ。先生。
湯来は、心の内でつぶやく。

「…湯来先生。今日は、エラくお説教しますね。まるで母親みたいですよ」
嫌味を込めてしげしげと河野は、湯来の顔を覗き込む。
「そうですか?ちょっと忙しい体なもので。それに母ちゃんになるとココが心配なんですよ」
診察室全体を見渡すように顔を動かす。
「へぇー。母ちゃんですかー…。えっ!?」
「えぇ。今は、『さずかり婚』って言うんですよねぇ」
にっこりと涼しい顔で湯来が答える。
「はぁ!?結婚するんですか?聞いてないし!!」
「あぁ。今、言いましたから♪…まだ1ヶ月にもならないんですけど、ここの産休・育休制度について聞いても良いですか?」
「…えぇ。初のケースだから要検討ですが、出来うる限り対応は、ちゃんと」
河野は、突然の話の展開に面食らいながらも生真面目に答える。
しかし湯来に驚かされる事ばかりだ。いつも想像以上の事ばかり起こる。
そして、それは自分にとっても大きく作用する風のようだ。

瀧本くん…か。
気にならない…のは、嘘だ。
でも、…だろ?相手は、いくらなんでも歳が離れすぎているし、だいたい男の子だ。
けど?…けど、何だ?

河野は、軽く頭を振り、時計を仰ぎ見ると丁度、開院時間直前な事に気付く。
それと同時にリン…と、ドアが開く音がして声が響く。
「あのー。おはようございます。もう、良いですか?」
朝イチの患者さんだ。
「…おはようございます!どうぞ、大丈夫ですよ」
少し挨拶のタイミングがずれただろうか。
僅かにぎこちない自分を感じるが、今日も和接骨院の一日が始まった。


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