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  Empty Egg  『even ever』
Author:襟子 様



「なあ、真皇」
「なあに、臣くん」
「いや、前にもこんなことあったよな。病院のベッドでお前寝てて」
「そんなこともあったね」
「あのあと帰ってからさ、お前オレの髪、撫でてくれたよな」
「そうだね」
「またあれしてほしい」
「だいぶ少なくなっちゃったけどね」
「当たり前だろ、いくつになったと思ってるんだ」
「そうだね、すっかりおじいちゃんだ」
「まさかじじいになっても一緒にいるとはなあ」
「びっくりだよね」
「まあ、自然の成り行きっつーか……お前はこうなるって思ってなかった?」
「うん。僕はね、あのころはきっとずっとひとりで生きていくんだろうなって思ってた」
「なんだよ、それ」
「だって、僕は……ううん、誰だって、結局はひとりなんだから、人間なんてそんなものだと思ってたんだ」
「何言ってんだよ。世の中独り者の方が肩身が狭いじゃねえか」
「それは見た目だけの話だよ。結婚して子供ができて孫ができて、そうやって家族ができたとしても、僕が誰かと混ざってひとつの生き物になるわけじゃない。わかりあえるって言ってもそんなのは気のせいかごくわずかなことだけで、僕のひとりを壊すわけじゃない」
「……めんどくせえこと考えてたんだな」
「知ってるくせに。僕はずっとそうでしょ」
「知ってる。ずっとめんどくせえ」
「だからね、不思議なんだよ。僕はずっと臣くんがすきで、臣くんだけで、でもそれだって、僕が臣くんをすきなだけで、なんていうのかな、臣くんと溶け合ってひとつになりたいとかじゃなくて、僕は僕で臣くんをすきだったんだ。わかる?」
「……掛け算より足し算?」
「なにそれ」
「素因数分解。たとえば6は2と3を掛けてできている。それが嫌なんだろ?」
「……さすが数学の先生」
「オレは数学に情緒なんていらねえけど、生徒に教えるっていうのはそういうことが必要なときもあったんだよ」
「ふふ……僕も臣くんに教わりたかった」
「何言ってんだ。オレの最初の生徒はお前だろ」
「え?」
「オレが教職目指したのは……っていうか教えることが楽しいって思ったのは、お前と勉強しながら教えっこしてたあのときだから。お前が解を理解したときに楽しそうな顔してたから、だから、思ったんだ」
「先生になろう、って?」
「……ああ。わかるって、すごいことだって。そういうきっかけとか瞬間とか、与えられる仕事っていいなって」
「……どうしよう、うれしい」
「なんだよ、それ」
「僕、臣くんの人生に影響を与えちゃったんだね」
「何言ってんだ、ばか」
「うん。調子に乗ったかな」
「ちげえよ。オレの人生なんて……お前そのものだろ」
「え、」
「……言い過ぎた。でも、オレは、たぶんそう思ってるから」
「……臣くん」
「それなりに感謝してるんだぞ」
「……僕もだよ」
「当たり前だ。お前はオレがいないとだめだからな」
「そうだね。僕は臣くんがいないとだめだね」
「おう」
「……ありがとう」
「……ばーか」
「うん。僕は臣くんがいないとだめだからね」
「そうだろ。だから、オレはずっとここにいるだろ」
「うん……ひとりって言ったの怒った?」
「別に……ちょっとむかついた」
「ごめん」
「言いたいことはわかったけど、そうじゃねえこともわかってんだろ」
「……うん」
「ならいいよ」
「臣くんには敵わないな」
「……当たり前だろ」
「うん」
「……オレが自分でここにいたくているんだからな」
「やめてよ……泣きそう」
「泣けよ」
「やだよ、おじいちゃんなのに」
「年寄りは全部老化のせいにできんだろ」
「それもそうか」
「そうだよ」
「……そうだね」
「そうだ、腹減ってないか?」
「平気だけど。臣くんは?」
「ああ、オレはさっき蕎麦食った」
「そっか。おいしかった?」
「おう。そろそろ温かいやつがうまいな。今日はなめこ蕎麦にした」
「塩分には気をつけてよ。臣くん、おしょうゆ大好きなんだから」
「わかってるよ」
「卵焼きや豆腐はわかるけど、面倒だからってサラダも醤油で食べるのはやめなよ」
「うるせーなー。なんでばれてんだよ」
「ちゃんと選べば、ドレッシング入ってるサラダもあるからね」
「油っぽいよりいいじゃねえか」
「臣くん……心配だなあ」
「は?」
「僕は臣くんが心配だな。ちゃんと自分を大事にしなよ」
「うるせえなあ。それはお前の役目だろ」
「……そうだね。そうだけど、でも臣くん、忘れないでね」
「ああ?」
「僕は……僕はね、うん……僕は臣くんを愛しているよ」
「……何だよそれ、恥ずかしいだろ」
「そうだね。恥ずかしくなるくらい、大事で、一番の僕の核だ」
「やめろよ、そういうの。言わなくてもいいことは言うなよ」
「言わなくてもいいこと、かな」
「そうだよ。だって、お互いちゃんとわかってるんだから」
「わあ、臣くんがデレた」
「うるせえ」
「でもね、言わないといけないときってあるんだ」
「今がそうだって言うのかよ」
「……僕はひとりじゃなかった」
「まだ言うのかよ」
「そうだよ。終わりのことをずっと考えてた。しあわせなんて、言葉だけのものだと思ってた。概念とか感覚的なことなんて、ふわふわしすぎて信用できるものじゃないって、僕はね、見ないふりをしたんじゃない。否定することで逃げたんだ」
「……それで、お前はいつまで逃げるんだ?」
「もう逃げてないよ。とっくに逃げるのなんてやめた」
「真皇」
「だって、かっこつけたって仕方ないじゃない」
「?」
「僕はとっくにしあわせで、たとえ最期はひとりで旅立つとしても、見送ってくれるひとがいるんだったら、それ以上の贅沢なんている?」
「贅沢なんかじゃねえだろ。当たり前だろ」
「でも、ありがたいって思ってるよ。感謝してる。それにね、やっぱりしあわせなんだよ」
「……最後とか言ってんじゃねえよ」
「ごめん」
「退院したらやることあるだろ」
「そう、だっけ?」
「さっき約束したばっかじゃねえか」
「……ああ。そうだったね」
「それにオレはお前のオムライスが食いたいんだ」
「えー?おじいちゃんなのに」
「じじいだってうまいものはうまいんだよ」
「ケチャップでハート描いてあげるね」
「やめろ。普通でいい」
「描いてほしいくせに」
「……んだよ、ばか」
「何?」
「何でもねえよ。変な心配させんな」
「……変な臣くん」
「るせえよ。っていうか、そういうところ、本当変わらねえな」
「どういうところ?」
「クソ意地が悪いところだよ」
「えー。だって、臣くんが喜ぶからじゃない」
「っ、お前のいじめかたがうまいからいけないんだろ」
「え、僕のせい?」
「そうに決まってんだろ。なじられて気持ちいいなんてお前だけなんだからな」
「それは愛の告白?」
「……うるせえ」
「否定はしないんだ」
「ばかじゃねえの」
「うん……」
「……なあ真皇」
「ん?」
「……」
「……吸ってた?」
「……」
「……」
「……吸ってないよ」
「ふふ……ねえ臣くん」
「んー?」
「最近ね、ネコの気持ちがわかるんだ」
「ネコ?」
「うん。最期のときはこっそり隠れてひとりで、ってやつ」
「おま、さっきから何言って、」
「うれしいんだ。ネコの気持ちがわかるの」
「だから、」
「だって僕のすきなひとは、イヌよりネコみたいだからね」
「なんだよそれ」
「そうでしょう、臣くんは」
「……」
「ね、のどかわいちゃった」
「お、おう。お前最近りんごジュース気に入ってるもんな、買ってきてやる」
「うん……おねがい」
「おう。待ってろよ」





「……ああ」

「神様、今、天使をお返ししますね」


「……」





「真皇、りんごジュース買って……」

「きた……」











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