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  Blue Bitter 『スーツと香水』
Author:嵯峨 様


 驚いた。
 取りあえずその一言だった。
「・・・はる、み・・・何その格好」
「ん?ああ、今日出版社のパーティーでね」
 別に女装をしていた訳ではない。
 もし春海がそんな格好をしていたのならばおそらく問答無用で部屋から叩き出すだろう。
 濃いグレーのマオカラースーツの上下に黒のシャツ。
 普段とは違い、髪は見栄え良く後ろに撫でつけてある。
「・・・・ホスト?」
「・・・・・そう言う感想・・?」
 咄嗟に出てきた感想はその言葉だった。
 けれども。
 元々どんなラフな格好をしていても格好良かった春海は外行きの格好をすれば更に格好良くなっていた。
 それに気がついた藤野は次の瞬間、言いようのないいらだちを感じた。
 しかもほのかに香水の匂いがする。
「・・・・香水の匂いする」
「え?」
 それは女物ではない、男物の香水ではあったけれども。
「ああ、香水ってメンズだけど・・・」
 そんなに目立つか、と春海が袖を近づけて確認している。
 一見すれば間抜けなのに、顔のイイ男がするとそれすら格好良く見える。
 それが余計にしゃくに障った。
「良い匂いだけどさ・・・」
「気に入ったなら分けようか?」
「オレがどこにそれを付けていくんだよ」
 今までそんな気を遣った事のない藤野がすれば笑い話にされてしまう。
 同僚などに気がつかれれば大げさに騒がれるのも目に見えている。
 それは断固拒否したい事態だ。
「同じ匂いつけてるってさ、何かエロくない?」
「ば・・・っ!!馬鹿じゃねえ?!」
 いつものように笑いながら春海が撫でつけてあった髪をくしゃりと下ろす。
 判っていてやっているのか、無意識なのか藤野には判らないが、取りあえず正視に耐えるので視線をそらす。
 普段とは見慣れない格好なのが悪いのか何なのか自身でも判っていない。
 けれども心臓がバクバクと鳴る。
 それもしゃくに障る。
「何?反応してる?」
「してねぇ!!」
 どういう意味でなのか判りかねるが反射的に藤野が反論する。
 ここで止まれば、春海の思い通りに流されていく。
 判らないが気が立っている状態でそれは余計に腹が立つ事になるので避けたい。
「ふぅん・・・じゃあどうしてそんなに顔赤いの?」
「赤くない!」
「鏡見てみ」
 ほら、と指さされたがそっちには向けなかった。
 仮にそれが事実だとしても認めたくない。
「何か、今日は随分反抗的?」
「いつもだろ!」
「ふぅん・・・・あんまり反抗するんだったら、コレいらない?」
 そう言って引き出物らしき紙袋から取り出したのは、以前藤野が好きだと言った作家のサイン色紙だった。
 それも数枚。
 全部違う人間だ。
「せっかく貰ってきてあげたんだけどなぁ・・・・」
「ぐ・・・っ」
 何気なく言っていた事を覚えて貰っていたのは嬉しいし、勿論サインも嬉しい。
 いつもならば一・二もなく飛びつく。
 けれども今日はどうしてもそれが出来ない。
「いらない?」
 ひらひらと振られるそれ。
 しかもよく見れば自分の名前まで入っている。
「ううう・・・・っ」
「いらないなら燃やしちゃおうか?」
 意地悪く笑いながら春海は流しの方へと歩いて行く。
 近づいたのはコンロ。
「だ、だめ・・・っ!」
 やろうとした事に気がついて藤野は春海の手から色紙を奪って抱きかかえる。
 はたと気がついて春海を見れば、考えが読めない笑みを浮かべている。
「いる?」
「・・・・・・いる」
 色紙をぎゅっと握りしめて敗北宣言を上げる。
「あ・・・・ありがとう」
 ぼそりとお礼を告げて、色紙を片付けるべく台所から離れる。
 その後ろを春海が付いてくる。
「飾るの?」
「いや・・・飾ると日に焼けるから・・・」
 どこかへ大切にしまうのだろう、とその言葉で予想が付いた。
 以前に春海がサインした本も藤野は大切に片付けている。
 尋常な量ではなかったが。
「藤野って本当オタクだね・・・・」
「悪かったな」
 付き合うようになっても藤野の『ツバキたん』への愛が変わっていない。
 二次元と三次元はどうも違うのだろう。
 それはそれで春海も文句がある訳ではない。
「悪くないよ。て言うかそれのお陰で会ったんだしね」
 背後から不意打ちで抱きしめると、藤野が色紙をテーブルの上に落とした。
「おま・・・っ!!」
 振り返ろうとした藤野がまた慌てて視線をそらす。
 あれ、と春海が顔を覗き込もうとすると、手で押さえられた。
「み、見るな」
「何で?」
「・・・・・むかつくから」
「は?」
 何それ、と春海が首を傾げる。
 藤野は耳まで赤くなりながら腕から抜けようともがく。
「ちょっと、藤野。何がむかつくの?」
「うっせぇ。言うかっ」
 じたばたと必死にもがいている姿は春海から見て愛らしいが、理由が判らないのは気持ちが悪い。
「別に浮気とかしてないよ?」
「してたら怒る・・・」
「じゃあ何?」
 浮気の心配でないのならば春海には原因がわからない。
 ただ、香水辺りから機嫌が悪くなり始めたような気がする、と推測する。
「もしかして香水アレルギー?な訳ないか」
「違うっ!お前が・・・・!」
 勢いよく振り返った藤野が春海と目が合う。
 少し引いていた頬の赤みが前よりも更に増す。
 藤野は何かを言おうと口をはくはくと動かしているが、声になっていないし、読み取れる言葉にもなっていない。
「・・・・?もしかして具合悪かった?」
「ち・・・が・・・うくて・・っ!」
 反論しようとした藤野の声が裏返った。
 テンパっているような、慌てているような。
「〜〜〜〜っ、見慣れない格好だから!」
 だから、なんだと言うのかと。判らず春海は首を傾げる。
 それを見て、藤野は頭に血が昇りすぎたのか、目に涙が浮かんできた。
「だから!格好いいからどういう反応したらいいのか判らないんだよ!」
「・・・・・え?」
 藤野の言葉を受けて、今度は春海の頬が赤くなる。
 唐突に何を言い出すのか。
「お前今までオレの前でスーツとか着てなかったし!見慣れないから!!」
 自棄になったように叫ぶ言葉が春海の耳を素通りしていく。
「そう言う訳だから離れろ!」
 素通りした言葉が脳裏に戻ってくる。
 それを認識した途端、春海の腕に無意識に力がこもる。
「うぎゃっ!くるし・・・・!」
 ぎゅうぎゅうと締め付けてくる力に藤野が春海の手を叩く。
 しかし、力は弱まらない。
「・・・どうしてくれんの」
「何が・・・っ!」
「俺、今日そんなつもりじゃなかったのに」
 何が、と問いかける前に藤野の足に何かが当たる。
 それが何か判り、赤くなりながら青くなる器用な顔色で春海を見上げる。
 ふるふると藤野が顔を横に振る。
「ちょ・・・嫌だから・・・・おい・・・・」
 けれども、春海の手は確実に下へと下がってくる。
「やめ・・・、こらっ!せめて風呂に・・・・っ!」
「見慣れなくって格好いいんでしょ?たまには違うシチュエーションも良いよね」
「よくねぇぇぇぇっ!!」
 ぎゃあ、だのうわぁ、だの藤野の可愛くない悲鳴が。
 次第に音量も下がって甘く変化するのはそう遅くなかった。

「今度は本当にホストみたいな格好でやってみようか?」
「ぜってぇぇぇごめんだっ!!!!」
「じゃあ・・・・藤野が女子高生でルーズソックス・・・」
「この変態っ!!!」
 蹴るために振り上げた足を捕まれて、べろりと舐め上げられたのはまた別の話。






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